11月8日にドナルド・トランプが大統領に当選して以来、投資家はトランプの一挙手一投足に注目してきました。
大統領が独断で発令できる大統領令は重要ですが、議会による立法でしか出来ない事もあります。とりわけ投資家の期待する政策の多くは、議会の立法過程を巻き込む必要があります。
そこで今回は、目先投資家が何に注目しなければいけないかについて説明したいと思います。
大統領令の限界
大統領令とは、行政府の長としての大統領が、連邦政府機関に勤める職員に対して発する職務命令です。これは大統領の一存で発令できる反面、大統領が変わってしまえば、すぐに覆すことが出来ます。つまり恒久的ではないということです。
また国政を左右する重大な案件に関しては、ちゃんと議会がまず法案を審議し、それを可決した上で大統領が署名するという、通常の立法過程を経る必要があります。
投資家が最も望んでいるもの
現在、アメリカの投資家がトランプ政権に対して最も望んでいる事は、税制改革を実現することです。税制改革は議会の可決が必要です。
実はアメリカで抜本的な税制改革が議論されるのは実に30年ぶりです。つまり滅多に回ってこないビッグ・イベントだということです。
しかもトランプ大統領が選挙戦期間中に約束した税制改革案は、向こう10年間で5兆ドルにものぼる大型減税を含んでいます。これはとてつもなく景気刺激的な政策です。
投資家や企業の経営者の間で米国経済の先行きに対し楽観的な考えが広がった理由は、この税制改革に他なりません。すると税制改革がちゃんと実行に移されることが米国の株式市場にとってなによりも重要になるのです。
共和党の支配
税制改革の実現に対し投資家が楽観的な理由は、現在、上・下院ともに共和党が過半数の議席を占めているからです。
通常、法案はまず下院で審議、可決された後で上院での審議、可決を必要とします。その後で大統領がそれに署名して、初めて効力を発するわけです。
今回が特殊なケースである理由
しかし税制改革のような重要案件については上院で60%の賛成を必要とします。このことをスーパー・マジョリティと言います。
共和党はかろうじて上院で過半数を占めているものの、60%の議席には程遠いので、スーパー・マジョリティの確保は絶望的です。
するとリコンシリエーションという妥協的な方法で法案を成立させる必要があります。リコンシリエーションを使えば、51%の賛成で十分です。
ただしリコンシリエーションには2つの条件が付いています。
条件その1は、リコンシリエーションを利用して成立させる法案は8年を限度とする時限法案であること、条件その2は、その法案を審議する前に、まず今年度の予算審議を終わらせることです。
つまり税制改革に着手する前に、まず本年度の予算を可決しなければいけないということです。
予算審議で発生する問題
さて、予算の可決は簡単なように見えますが、今年は特殊事情があります。それはトランプ大統領ならびに共和党がオバマケアを廃案にし、新しいヘルス・プランに置き換えることを目指しているからです。
オバマケアの正式名称はアフォーダブル・ケア・アクトであり、これは連邦政府の予算の中で重要な位置を占めています。
すると新しいヘルス・プランが、一体、国庫に対してどれだけ負担になるのか? が確定しない限り、予算も策定できないことになるのです。
近く提出される新しいヘルス・プランに注目
トランプ政権は3月半ばまでにもアフォーダブル・ケア・アクトに代わる、新しいヘルス・プランの「タタキ台」となるプランを公表すると言っています。これがちゃんと時間厳守で提示されるかどうかに注目してください。
そこでは「先ず国民に医療保険料金を負担させ、後で確定申告の際、そのコストを所得から控除する」という案が検討されているそうです。
しかしそもそも今回の税制改革では、複雑になりすぎた各種の控除をバッサリやめてしまい、確定申告のプロセスを単純化するという狙いがあるわけで、その希望とはウラハラに、余計に確定申告が複雑になってしまうこのアプローチには共和党内に難色を示す議員が多いです。
もう一つのプランは、ブロック・グラント(一括補助金)という手法を使うやり方です。
オバマケアを低所得者層に広げる際、アメリカの公的医療保険制度のひとつで低所得者層、とりわけ子供、妊婦、扶養家族がいる親などを対象とするメディケイドという制度があります。
その運営は、各州に任されています。
オバマケアでは、州政府がメディケイドに費やした費用と同じ額を、連邦政府がマッチングすることで予算を2倍にし、より沢山の人がメディケイドに入れるようにしました。これにより「貧困ライン」から138%上の家族、換言すれば年間所得で2万8千ドルを上限とする低所得者層もメディケイドに参加できるようになったのです。このおかげで2013年以降、新たに1100万人が医療保険の恩恵をこうむることができました。
このマッチング・プランに参加するかどうかは、各州の独自の判断にゆだねられており、現在は31州がオプト・イン、すなわち進んで参加しています。
このマッチング・プランでは、「使った分だけ」後で連邦政府がマッチングする仕組みなのですが、これだと最終的な費用が確定するまで時間がかかるし、州政府がコスト・オーバーランを起こすリスクもあります。
そこで新しいヘルス・プランでは、まずブロック・グラントで連邦政府が州政府にお金を渡し、州政府はその中からやりくりして予算内に納めるということが提唱されています。
これだと会計年度の頭に連邦政府負担分の予算が確定するので、予算の策定がやりやすいというメリットもあります。
投資家が注目すべきポイント
したがって我々投資家が注目しなければいけない目下の材料としては、この新しいヘルス・プランがどれだけ速やかに可決されるか? ということになります。
当初トランプ政権は「4月いっぱいに新ヘルス・プランを成立させたい」と言っていました。
それが成立すれば次は予算です。
予算も超スピードで成立させ、最終的には税制改革法案も議会が夏休みに入る8月より前に成立させてしまいたい……スティーブン・ムニューチン財務長官は、そういう希望をメディアに対して語っています。
なお税制改革法案については、すでに下院案が去年の6月に示されているのですが、それに対抗するトランプ案は未だ提示されていません。したがって3月中に税制改革に関するトランプ案がちゃんと公表されるかどうか? という点にも注目してください。