当レポートは、一般投資家の皆さんにも、アナリストの分析手法の基本知識や考え方、さらにはノウハウを身につけていただく一助になればとの思いで執筆しています。毎回一つのテーマに関して、分析手法やその裏側に隠れている大事な意味などについて解説していきたいと思います。タイミング良く当社の国内株の銘柄スクリーニング(銘柄条件検索)機能が大幅にリニューアルされ、バージョンアップしました。このスクリーニング機能を使って、実際にテーマにちなんだ銘柄のスクリーニングも併せて行ってみたいと思います。
第8回のテーマは、「損益分岐点」です。英語でBEP(Break Even Point)とも表します。「損益分岐点」は、損益分岐点売上高のことで、文字通り利益がトントンになる売上高水準のことです。したがって売上高が損益分岐点を超えれば黒字、逆に下回れば赤字ということになります。
企業は利益を上げるために、売上高を増やす努力をする一方、コストを極力削減します。このコスト削減は言い方を変えれば「損益分岐点売上高」を低下させることになります。「損益分岐点売上高」が低ければ低いほど、その企業の不況抵抗力は強いということになります。
「損益分岐点」は前回のテーマであった「限界利益率」の考え方と密接な関係にあります。企業の経営者にとっては、損益分岐点を知ることで、どのくらいの売上高があれば利益を計上することができるのかがわかります。そしてその売上高を最低でも達成するための、製品の販売量が決まり、生産計画を立てることができます。つまり経営計画を立てる際の重要な指標だといえます。
それでは「損益分岐点」を求めてみましょう。「損益分岐点」の計算に、まず重要となるのが費用の分解です。前回の「限界利益率」の説明でも出てきましたが、費用は固定費と変動費の2つに分けることができます。
固定費は文字通り、生産量や売上高の変動に関わらず発生する費用です。具体的には事務所や工場の地代や家賃、機械の減価償却費、さらには正社員の人件費などがあげられます。文字通り固定資産税も固定費です。
一方、変動費は売上高の変動に伴い増減する費用です。具体的には製品の原材料代、工場の光熱費、製品の運送費などがあげられます。人手を要する工程でアルバイトや臨時工を雇った場合の人件費などは変動費に分類されます。商品を仕入販売する業態の場合は、商品代金も変動費となります。
変動費なのか固定費なのか判断が難しい費用もあります。例えば広告宣伝費です。この場合は、消費者相手の業態なら変動費に、知名度上昇を狙った広告なら固定費に分けるやり方もあります。はっきりしない場合は、固定費と変動費で2分の1ずつ分類するなど臨機応変で良いと思います。
損益分岐点売上高の計算式は非常に簡単で、下記のようになります。
損益分岐点売上高=固定費÷限界利益率
=固定費÷(売上高−変動費)/売上高
それでは、具体的な例で企業の損益分岐点を求めてみましょう。
(1)ディズニーランドの場合
(売上高1,000億円、利益200億円、固定費700億円、変動費100億円、限界利益90%の前提)
損益分岐点売上高=700億円÷90%=777億円
(2)日本製鉄の場合
(売上高1,000億円、利益200億円、固定費400億円、変動費400億円、限界利益率60%の前提)
損益分岐点売上高=500億円÷60%=833億円
(3)ワークマンの場合
(売上高1,000億円、利益200億円、固定費200億円、変動費600億円、限界利益率40%の前提)
損益分岐点売上高=200億円÷40%=500億円
当然のことながら、固定費が小さければ小さいほど「損益分岐点売上高」は低くなります。また限界利益率が高ければ高いほど「損益分岐点売上高」は低くなります。損益分岐点売上高が低い企業は、売上高が大きく減少しても赤字に転落する可能性が低く、不況抵抗力がある企業ということが言えます。
企業の経営者は、利益を極大化するためには、通常は最初に売上高の増加を考えます。しかし売上高が増えない場合は、コスト面に着目し、固定費の圧縮(生産動向に影響が出ない人員削減など)を図ります。また、同時に限界利益率を上げるための努力も行うことになります。
限界利益率を上げるためには、手っ取り早い方法としては製品の値上げを行うことですが、これは容易ではありません。そこで通常は、変動費を圧縮するために、原材料の原単位削減や歩留まりの向上(製品一単位当たりの原料投入量を削減する)や、購入方法を変更するなどして購買価格を引き下げる努力をすることになります。いわゆる合理化努力です。
このコーナーでは、当社のWEBサイトのスクリーニング(銘柄条件検索)機能を使って実際に、テーマに即した銘柄をピックアップしています。ただし、今回のテーマである「損益分岐点」という検索条件がないため(計算できないため)、代わりに売上高経常利益率(前期実績)の上位銘柄をピックアップしてみました。
これらの銘柄の限界利益率は、当然ながら経常利益率よりも高くなります。それは経常利益段階では、限界利益に含まれる固定費が差し引かれるからです。したがってこれらの銘柄の損益分岐点売上高は、非常に低く、多少売上高が減少したところで、赤字に陥るリスクは極めて低いことになります。
これらの銘柄群の特徴としては、IT関係企業が目立っています。また、その中でも提供するサービスがニッチで、競合企業が少なく、優位な価格設定が可能となっているとみられます。また、製薬企業もペプチドリーム、塩野義が入っていますが、これらはいずれも自社開発力が高く、高い薬価を得ていることが背景と思われます。国際石油開発帝石が入っていますが、これは同社の油ガス田の開発時点が古く、採掘コストが低いことが背景でしょう。
表1 【ご参考】売上高経常利益率が高い会社ベスト20(前期実績)
取引 | チャート | ポート フォリオ |
コード | 銘柄名 | 株価(円) 3月4日 |
経常利益率 (%) |
6620 | 宮越HLDG | 708 | 78.9 | |||
4684 | オービック | 13,530 | 56.5 | |||
6861 | キーエンス | 34,230 | 54.5 | |||
4587 | ペプチドリーム | 4,450 | 52.7 | |||
1605 | 国際石油開発帝石 | 921.1 | 51.1 | |||
6037 | ファーストロジック | 500 | 50.7 | |||
3659 | ネクソン | 1,727 | 49.1 | |||
3932 | アカツキ | 4,340 | 48.0 | |||
4732 | ユー・エス・エス | 1,684 | 47.6 | |||
4733 | オービックビジネスコンサルタン | 3,940 | 47.6 | |||
3635 | コーエーテクモHLDG | 2,731 | 47.0 | |||
4819 | デジタルガレージ | 3,525 | 46.6 | |||
6080 | M&Aキャピタルパートナーズ | 3,290 | 46.5 | |||
6539 | MS―Japan | 1,039 | 46.2 | |||
4507 | 塩野義製薬 | 5,720 | 45.8 | |||
2371 | カカクコム | 2,327 | 45.3 | |||
2326 | デジタルアーツ | 5,320 | 45.0 | |||
2127 | 日本M&Aセンター | 3,495 | 44.0 | |||
3665 | エニグモ | 787 | 40.6 | |||
3984 | ユーザーローカル | 3,065 | 39.7 |
- ※当社WEBサイトの「スクリーニング(銘柄条件検索)」等よりSBI証券が作成。東証1部上場企業で、金融関連企業は除く。なお個別銘柄の売買を推奨するものではありません。売上高経常利益率は前期実績の数字です。
この欄では筆者がアナリストとして活動してきたうえで、業界の昔話や裏話、面白かった経験などを綴ってみることにしました。
前回は、PCの普及でアナリストが作成するレポートが大きく変化したことをご紹介しました。まずは現在のソフトでいう「Word」機能で、それはそれで大変な進歩だったわけですが、「Excel」の出現で、アナリストの生産性は驚異的に上昇しました。ところが、最後に登場したインターネットの普及はアナリストの生産性をさらに格段に高めただけではなく、情報格差の是正、ひいては株式の世界での情報寡占化の崩壊が起きたように思います。
インターネットの普及当初は、WEBサイトを開設している企業や官公庁も少なかったうえ、使い勝手が悪く、実際あまり役には立たなかったのですが、検索エンジンが発達し、各種WEBサイトが続々と開設されるにつれ、強力な武器となりました。特にデータ入手の時間が大きく短縮され、過去データの取得も容易になりました。個別企業の過去のニュースも容易に収集できるようになりました。
何しろそれまでは、決算短信を入手するのにも、東証に出向きコピーをする必要がありました。ましてや有価証券報告書は製本されたものを購入するのですが結構なコスト(1冊1,000円程度)が必要でしたし、製本されたものが手に入るのが公表から1ヵ月程度後になりました。また、過去のニュースに関しては、各企業ごとにファイルを作成し、新聞記事を切り取り台紙に張り付けて保管していました。保管する場所も広大なスペースを必要としました。大手の証券会社ではこれらコストを負担できましたが、個人投資家ベースでは時間もコストも限界があり難しかったように思います。
現在なら決算短信は、誰でも決算発表とほぼ同時にインターネットで容易に入手でき、すぐに分析作業にとりかかれます。したがって情報の伝達、閲覧における大手調査機関と個人投資家におけるハンディキャップが一挙になくなったわけです。加えて昔に比べ、企業側のIR姿勢、とりわけ情報伝達の公平性が保たれるようになったため、一部の証券会社だけが優遇され、有利な情報を得られるような事態はなくなったように感じます。
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。
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