スマート・ベータの意味
ETFの種類のひとつに、スマート・ベータというのがあります。これは聞き慣れない言葉です。
そこで今回はスマート・ベータETFについて説明します。
こんにち米国には400種類近いスマート・ベータETFが存在し、その資産総額は46兆円にものぼります。
まず単語の意味ですが、スマートは「かしこい」という意味です。
ベータは、「β」という記号で表すこともあります。投資の世界でベータと言った場合、それは「市場全体の動きで説明できる値上がり益(もしくは損)」という意味です。
たとえば「2016年の第1四半期(1~3月)は日経平均が−15%のパフォーマンスだった」と言った場合、その−15%がベータということになります。(厳密には日経平均には225銘柄しか組み込まれていないので、全上場銘柄の動きが問題になるのですが、ここでは議論をシンプルにするため単純化して説明します)
つまり「スマート」と「ベータ」という二つの単語を組み合わせることで、「基本、市場の動きなのだけれど……かしこい」という表現になるわけです。
それは「ちょっと工夫してある」と言い直しても良いでしょう。もっと言えば愚直に株価指数をなぞるだけではなく、わざと少しずらしてあるという意味なのです。それがスマート・ベータです。
わざと少しずらす具体的な方法
この「わざと少しずらす」ことをティルト(tilt)と言います。ティルトとは「傾斜」の意味です。
具体的にどのような切り口でティルトをかけるか? といえば:
1. 配当
2. バリュー(割安度)
3. ボラティリティー(値動きの激しさ)
4. 時価総額の大小
5. 株価のモメンタム
などを手掛かりにする場合が多いです。
配当でティルトをかけるやり方は、配当利回りの高い株式を多目に組み入れることでキャピタルゲインだけでなくインカム(=配当)ゲインも狙うと同時に、下げ相場に強いポートフォリオを志向する際に選好されます。
バリューでティルトをかけるやり方は、具体的には株価純資産倍率(PBR)の低い株、株価収益率(PER)の低い株を多目に組み入れることで物色の矛先がその手の銘柄に向いたときアウトパフォームする戦略です。
ボラティリティーでティルトをかけるやり方は、過去1年の個別銘柄の標準偏差などを手掛かりとして平均より値動きがマイルドな銘柄を多く組み入れることで下げ相場に強いポートフォリオを目指す場合などに使用されます。
時価総額の大小でティルトをかけるのは、たとえば「これからは小型株相場が来そうだ」というとき、小型株にティルトをかけてあるETFを購入することでアウトパフォームを狙うやり方です。
株価のモメンタムでティルトをかけるというのは、具体的には過去三ヶ月の株価の強さなどを基準に、これまで買われてきた銘柄を多く組み入れることでアウトパフォームを狙う方法です。
要するにスマート・ベータETFは、基本、市場全体の動きを取りに行く商品設計だけれど、特定のシナリオを想定して色が付けてあるわけです。
それはアクティブ運用とどう違うの?
さて、特定のシナリオを想定するということは、主観が入ることに他なりません。するとこれはアクティブ運用に近くなるわけです。
ただアクティブ運用はファンドマネージャーの主観で銘柄を選ぶわけですが、スマート・ベータで主観を挟むのは、そのETFを買うあなた自身です。言い換えれば、スマート・ベータETFでの銘柄選びは、株価指数ETFの場合と同様、一定のルールに基づき、きわめて機械的に銘柄の取捨選択がなされているのです。運用担当者の感情や嗜好が反映されないという点で、スマート・ベータETFは、明らかに普通のアクティブ運用とは一線を画しています。
さらに言えば、普通のアクティブ運用の投信の費用比率は平均すると0.66%ですが、スマート・ベータETFの平均費用比率は0.34%です。つまり乱暴な言い方をすれば安上がりのアクティブ運用を手に入れようとすれば、スマート・ベータETFでかなり代用が出来てしまうということなのです。
つまりスマート・ベータETFの登場は、運用業界の人たちにとって、自分がお払い箱になってしまうかもしれない脅威に他ならないのです。
ファンドマネージャーは、口では「うちはアクティブ運用です」と言います。
しかし実際はポートフォリオの大部分を「隠れインデックス運用」の如く株価指数を真似た構成にするのです。そしてちょっとだけ毛色の違う銘柄を組み込むことで「アクティブだ!」と主張するわけです。
我々は、そのような「手抜き」運用に対して、高いフィーを払ってきたのです。
スマート・ベータETFの登場で、今後、そういうことがやりにくくなると予想されます。
独立フィナンシャル・アドバイザーとスマート・ベータETF
日本ではまだ独立フィナンシャル・アドバイザー(IFA)という職業はあまり定着していません。しかし米国ではフィナンシャル・アドバイザーの存在はたいへん重要です。
フィナンシャル・アドバイザーは、顧客と面談し、長期的な資産運用の目的を明快化し、実現したい目標の設定を行います。
そして半年に一度程度の頻度で顧客と定期ミーティングを持ち、設定した目標に向けて着々と前進できているかどうかポートフォリオの見直しをするわけです。
このポートフォリオの見直し作業の際、フィナンシャル・アドバイザーは、「リバランス」と言って、飛びぬけてパフォーマンスの良かった個別株やファンドを少し減らし、それを他の投資に振り向けることで、ポートフォリオが極端に偏ったものになることを防ぎます。
このとき、どのようなリバランスを提案するか? が、フィナンシャル・アドバイザーの腕の見せ所になるのです。
従来、フィナンシャル・アドバイザーはいろいろな投信商品に明るく、それらの投信のファンドマネージャーの運用スタイルや過去の成績などを踏まえた上で、適宜、それらのファンドを乗り換えてゆくという事を通じて自分の付加価値をアピールしたものです。
こんにちでは、そのようなリバランスの提案の際に、アクティブ運用投信ではなく、スマート・ベータETFが利用されることが増えています。
スマート・ベータETFは「定番商品化した」と言えるほど認知度は高くありません。しかしETFの発達の過程で、このような商品が考案されるのは当然の成り行きであり、次第に根付いてゆくと思われます。