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FEDウォッチャーについて
FEDウォッチャーについて
2018/11/27
最近、トランプ大統領のジェローム・パウエルFRB議長に対する不満が高まっています。このことはパウエル議長の仕事がだんだん難しくなることを意味します。それと絡めて、今後「FEDウォッチャー」と呼ばれるジャーナリストの役割が今後重要になってくると思うので、今日はその話をします。
トランプ大統領の不満
トランプ大統領はパウエル議長の仕事ぶりに不満を持っています。その理由は「利上げはするな!」と圧力をかけているにもかかわらずパウエル議長がそれを聞き入れる素振りを見せないからです。
そこでトランプ大統領は批判の矛先をスティーブン・ムニューシン財務長官に向けました。なぜならパウエル議長を推挙したのはムニューシン財務長官だったからです。
ここでちょっと組織図の話をすれば財務長官は大統領の部下ですのでトランプ大統領はムニューシン財務長官をクビにすることはできます。大統領は行政府を担当しています。
しかし連邦準備制度理事会(FRB)は議会に対して責任を負っているので大統領がFRB議長を解任するのは「筋違い」ということになります。議会は立法府を担当しています。つまり「三権分立」という概念をみなさんは学校で習ったと思いますが、大統領がFRB議長を解任すると、この「三権分立」の原則を破ってしまう恐れがあるのです。
<過去に大統領がFRB議長にプレッシャーをかけた例>
過去に大統領がFRB議長に「利下げしろ!」というプレシャーをかけた例は何度かあります。有名なのはリンドン・ジョンソン大統領がウイリアム・マーチン議長をテキサス州の牧場に呼びつけ、納屋で「利下げしろ!」と恫喝(どうかつ)したエピソードです。それでもマーチン議長はこのプレッシャーに屈しなかったので、中央銀行の独立性を保った議長としてたいへん尊敬されています。
1984年にドナルド・レーガン大統領がポール・ボルカー議長に圧力をかけたこともあります。このエピソードは最近まで知られてなかったのですが、ポール・ボルカーの回顧録が出たことで初めてそのときの事情が明らかにされました。
そのときはジェームズ・ベーカー(当時は大統領首席補佐官)がボルカー議長をホワイトハウスに呼びつけます。ボルカー議長はオーバル・ルーム(大統領執務室)ではなく、図書室に通されました。そこにはロナルド・レーガン大統領とジェームズ・ベーカーが待ち受けており、大統領本人は一言も発せず、ベーカーが「もう利上げしないでほしいというのが大統領のたっての願いだ」ということをボルカーに伝えます。
レーガン大統領がそのミーティングで一言も喋らなかった理由は、上で説明した行政府と立法府という「三権分立」の問題に抵触することをレーガン大統領が避けたかったからだと思います。
このときボルカーは(これはまずいことになったぞ)と思ったそうです。その理由はボルカーもちょうどそのとき(もう利上げは打ち止めにしよう)と思っていた矢先、この指示が来たからです。すると(あたかもFRB議長が大統領の要望に屈したかのような印象をあたえてしまう)ということをボルカーは恐れたのです。
ボルカーが(もう利上げは打ち止めにしよう)と思った直接の理由はコンチネンタル・イリノイの経営危機が伝えられていたからです。
このミーティングではボルカーもひとことも喋らずホワイトハウスを後にしたそうです。
今日の状況
さて、今日の状況ですが、上に書いたボルカー議長のエピソードとちょっと似たような状況になっています。なぜならトランプ大統領はあからさまにパウエル議長にプレッシャーをかけているからです。
しかしパウエル議長も心の中では(もう利上げは打ち止めにしなければいけないかも?)と思っているかも知れません。私がそう考える理由は、9月の連邦公開市場委員会(FOMC)の際、記者会見で記者から「どういうシナリオで利上げの手を止めますか?」という質問が出た時、パウエル議長はすかさず「資産価格が下落したときは利上げを止める」と答えたからです。
いま株式や原油価格などの資産価格は下落しています。すると利上げを続ける理由はだんだん薄れていると考えるべきです。
ウォール街のエコノミストの多くは12月にもう一度利上げがあり、2019年も3回から4回の利上げがあると見ています。
しかし最近の状況を見ると米国経済には翳りが見えているのだから、どこかで利上げをストップする必要が出ます。
これは難しい状況です。
なぜならFRBが突然「もう利上げしません!」と言えば市場参加者は「えっ!景気って、そんなに悪いの?」とパニックするリスクがあるからです。またボルカー議長の時と同じく、FRB議長が大統領に屈したという印象を与えるリスクもあるからです。
いずれにせよ市場参加者を「慣らしておく」必要があります。
FEDウォッチャーの重要な役割
通常、その「慣らしておく」役割を演じるのは「FEDウォッチャー」と呼ばれるジャーナリストです。
伝統的にウォールストリート・ジャーナルでFRBを担当する記者が、この役目を果たしてきました。
著名なFEDウォッチャーは、かならずウォールストリート・ジャーナルが輩出しました。過去のFEDウォッチャーで有名な人は、アラン・マレー、デビッド・ウエッセル、ジョン・ヒルゼンラースなどです。彼らの書く記事で市場が乱高下することも多かったです。
FRBはそれとなくFEDウォッチャーに記事を書かせることで、市場の反応をテストします。たとえば「FRB高官は、もう利上げは必要ないと考えている……」というような観測記事です。
FRBは政策金利の上げ下げ、連邦公開市場委員会(FOMC)声明文、FOMC後の記者会見などを通じて市場参加者と対話します。しかしそれだけでは対話の機会が限られており、窮屈に感じる場合もあります。
そういうとき、未だ未確定のことをちょっとFEDウォッチャーに書かせることで「観測気球を上げる」ことをするのです。
現在、ウォールストリート・ジャーナルでFRBを担当している記者はニック・ティミラオスです。彼はもともと米国の住宅市場を担当する記者でした。彼の記事は鋭い洞察が多く、次のFEDウォッチャーとして活躍できる資質は十分に持っていると思います。
ただFRBはこのところあたかもオート・パイロットのスイッチを入れたかのように粛々と利上げしてきたので、FEDウォッチャーが活躍する出幕は殆ど無かったと言ってよいでしょう。
<今後のシナリオ>
私が予期する今後のシナリオとして、たとえばニック・ティミラオスが「FRBは継続利上げに対し、それが本当に必要か、再考している」というような見出しの記事を書くのではないか? と考えています。
そういう記事が出ればウォール街のエコノミストやファンドマネージャーはその記事に対して喧々諤々の議論をするでしょう。
そのような論争を通じて(フム。そろそろ利上げも打ち止めなのか?)というような、新しい認識が市場参加者の間に広がってゆくことが理想だと思います。
著者
広瀬 隆雄(ひろせたかお)
コンテクスチュアル・インベストメンツLLC マネージング・ディレクター
グローバル投資に精通している米国の投資顧問会社コンテクスチュアル・インベストメンツLLCでマネージング・ディレクターとして活躍中。
1982年 慶応大学法学部政治学科卒業。 三洋証券、SGウォーバーグ証券(現UBS証券)を経て、2003年からハンブレクト&クィスト証券(現JPモルガン証券)に在籍。