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イノベーションとリスク・キャピタル
イノベーションとリスク・キャピタル
2021/2/15
新しいイノベーションの時代に入る米国
米国が新しいイノベーションの時代に突入しています。
それを証明するひとつの例として新型コロナのワクチンが伝染病の蔓延から1年もたたないうちに完成したことを挙げることができます。
これまで伝染病のワクチンを作るには最低でも数年から10年近くの年月がかかると言われていたわけですから、それが1年足らずで完成したということは驚くべきことだと思います。
その背景にはmRNA技術というゲノム創薬のノウハウがあります。新型コロナのワクチンをデザインした研究者たちは実際のウイルスそのものを見るまでもなく、ウェブ上にアップロードされた新型コロナウイルスのゲノムのデータをもとにワクチンを完成したのです。
イノベーションの時代の到来を感じさせるもうひとつの例は宇宙開発ブームです。
宇宙開発はかつて「NASAの専売特許」だったわけですが、政府がやると非効率で高コストになり、いつまで経っても進歩らしい進歩がありません。
それに対する反省から、10年ほど前に宇宙開発を公的部門から民間部門へと順次移してゆこうということが決まりました。それによって民間の資本が参入する余地ができ、さまざまなスタートアップ企業が出現しました。
いま宇宙企業は乱立気味なほどブームになっており、ロケット打ち上げのスタートアップだけで100社近いベンチャーが設立されたのだそうです。
EV(電気自動車)も人気の分野です。
現在、米国で売られている自動車のうちEVが占める割合は2%程度ですが、これが今後はどんどん増えると予想されています。普通乗用車だけではなくピックアップトラックや長距離トラックもEVにする試みがスタートしています。
さらにEVと関連して自動運転車にも注目が集まっています。通勤の際、同じ方向に行く乗客同士が乗合する、いわゆるライド・シェアなどの場面で、自動運転車が真っ先に導入されるのではないか? と言われています。
これを飛行に応用したアイデアでEVTOL(ドローン)によるライド・シェア通勤のベンチャーも登場しています。
リスク・キャピタル
このようなイノベーションが活発化するためにはリスク・キャピタルが必要となります。
リスク・キャピタルとは文字通りリスクを取って冒険的なプロジェクトに投資するような資本を指し、失敗したら投資元本を全損するようなアグレッシブなマネーを指します。
つまり「ホームランか三振か?」というような危ない賭けです。
典型的なリスク・キャピタルの例としてベンチャー・キャピタルを挙げることができます。
通常、ベンチャー・キャピタルは比較的少額の投資資金を沢山の投資先に分散して投資します。その中からひとつないしふたつホームランが出れば、残りの10の投資が全損に終わっても、全体として良いリターンを出せる……そういう風にデザインされています。
事業には失敗はつきもので日本だと事業に失敗した経営者は社会から疎まれ、本人だけでなくその家族も一家離散などの苦難を強いられる傾向がありますが、アメリカの起業家はその点サバサバしたものです。
それはひとつにはリスク・キャピタルの役回りが実業界からきちんと理解されており、損の責任の所在はむしろ投資を実行した投資家にあるという認識が確立しているからだと思います。
成功したベンチャー投資案件は新規株式公開(IPO)し、ベンチャー・キャピタルは当初の投資資金の数十倍ものリターンを得ます。そのようにして得た公開益を、次の投資に再投入するわけです。
近年、米国はIPOブームであり、この「投資資金のリサイクル」がすごいスピードで実行されています。
それに加えて近年は特別買収目的会社(SPAC)と呼ばれる投資会社のIPOが盛んになっています。
SPACは先ず投資家から資金を集め株式を公開した後でどの企業を買収するかターゲットを定め「この会社を買収します!」と宣言します。
その時点で買収先の非公開企業の事業内容や長期での経営見通しをSPACの投資家に説明し、賛同を得るわけです。
株主投票で株主からの賛成を取り付けると合併が成立、会社名を被買収企業の名前に変更します。
2020年は新規株式公開の半分がそのようなSPACでした。
これは何を意味するか? と言えば、新しいリスク・キャピタルの資金源が忽然と現れたことを意味します。
つまり今は潤沢なリスク・キャピタルがイノベーションを起こしそうな企業を追いかけ回し、どんどんお金を渡して研究や先行投資を奨励し、ちやほや甘やかしているのです。
熱狂とイノベーション
このような投資家の熱狂はイノベーションを促すのに不可欠であり、ある意味、避けて通れないことだと言えます。
しかし沢山の資金がデタラメにばら撒かれる関係で、そのような投資の大半は失敗に終わり、リスク・キャピタルの少なからぬ部分は投資の失敗により失われてしまう運命にあります。
その意味で現在の熱狂はバブルと言えるでしょうし、このバブルは悲惨な終わり方をすることが運命づけられていると思います。
ただそうした熱狂を通じて投じられたリスク・キャピタルが、アメリカのイノベーションや競争力の維持に貢献することはほぼ間違いなく、ある意味では向こう20年間のアメリカのリードを、このバブルが約束したと考える事もできなくもありません。
著者
広瀬 隆雄(ひろせたかお)
コンテクスチュアル・インベストメンツLLC マネージング・ディレクター
グローバル投資に精通している米国の投資顧問会社コンテクスチュアル・インベストメンツLLCでマネージング・ディレクターとして活躍中。
1982年 慶応大学法学部政治学科卒業。 三洋証券、SGウォーバーグ証券(現UBS証券)を経て、2003年からハンブレクト&クィスト証券(現JPモルガン証券)に在籍。