中国ではアリババ、テンセントという世界的なインターネット企業が育ったおかげで、世界を席巻する新サービスが生まれる可能性が注目されています。「アリペイ」「テンペイ」といったスマホによる決済サービスはその有力候補と言えるでしょう。中長期にはこれまで電子決済市場の中心銘柄である、ビザやマスターカードへの影響も出てくる可能性があり、これらに投資する上でも目を配っておく必要がありそうです。
図表1:言及した決済関連銘柄
銘柄 | 株価(8/22) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
阿里巴巴集団(アリババ グループ)ADR(BABA) | 174.46ドル | 174.77ドル | 86.01ドル |
テンセント(騰訊)(00700) | 324.00ドル | 341.00ドル | 179.60ドル |
ビザ A(V) | 104.07ドル | 104.20ドル | 75.17ドル |
マスターカード A(MA) | 133.80ドル | 134.24ドル | 95.33ドル |
ファースト データA(FDC) | 17.96ドル | 19.20ドル | 12.74ドル |
フィサーブ(FISV) | 122.62ドル | 129.35ドル | 92.81ドル |
ペイパル ホールディングス(PYPL) | 60.84ドル | 61.30ドル | 36.30ドル |
アップル(AAPL) | 159.78ドル | 162.51ドル | 102.53ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
ネット先進国の中国から世界を席巻するサービスが出てくるか!? |
中国のインターネット市場は中国政府による規制でグローバル市場から切り離され、アルファベット、フェイスブックなど世界を席巻する米国のネット大手と競争する必要がなかったおかげで、規模が大きいインターネット企業が育ちました。
特に、eコマースを主力とするアリババグループ(BABA)とチャットアプリをベースにゲーム事業などに展開するテンセント(00700)は世界の時価総額上位に躍進して、世界的な大企業に成長しています(図表2)。
中国のインターネット市場は政府の規制に守られているとは言え、国内では熾烈な競争が行われたことから、独自の発展を遂げました。eコマースでは世界で最も利用頻度が高い市場と見られるほか、その他のサービスでも先進諸国を上回る進展となっている分野があると見られます。
このような先進的なインターネット市場からは、世界市場を席巻するサービスが出てくる可能性があり、電子決済のアリババグループの「アリペイ」、テンセントの「テンペイ(ウィーチャットペイ)」のほか、ライドシェアの滴滴出行(ディディチューシン)(未上場)、自転車シェアのモバイク(未上場)、民泊サイトのトゥージア(未上場)などが注目されています(図表3)。
本レポートでは、このうち電子決済の分野を取り上げます。
国際連合の関係機関「Better Than Cash Alliance」は、17年4月公表の英文レポート「ソーシャルネットワーク、eコマース プラットフォーム、および中国での電子決済エコシステムの成長:他国への含意(Social Networks,e-Commerce Platforms,and the Growth of Digital Payment Ecosystems in China: What It Means for Other Countries)」 で、「アリペイ」と「テンペイ(ウィーチャットペイ)」を取り上げています。
両サービスが中国で成し遂げたことは、他国においても「現金から電子決済」へのシフトを進める上で重要なロールモデルになるとして称揚しています。中国発のグローバルサービスに発展する可能性を窺わせるものと言えそうです。
図表2:中国のネット2強は世界の時価総額トップ10に躍進
- 注:8/21(月)時点の世界時価総額トップ10です。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表3:中国の新しいサービス
コンビニでの「アリペイ」による支払い
上海の街にあふれるレンタル自転車
- ※筆者の家族が撮影
グローバルサービスとなる可能性がある「アリペイ」と「テンペイ」 |
中国発の決済サービスと言えば、これまでは「銀聯(Union Pay)」が有名でした。「銀聯」は「VISA」や「MasterCard」に相当する中国の決済ネットワークで、中国の金融機関が共同保有する国策の決済機関と位置づけられます。
これに対して「アリペイ」と「テンペイ」は民間のネット企業が展開するスマホによる電子決済システムです(図表4)。スマホアプリでスマホ画面にQRコードを表示して店舗の端末で読み取り、アプリにひも付けられた銀行口座から決済します。
中国では信用審査が未発達でクレジットカードの利用は少なく、デビットカードが中心です。このため、「銀聯」によるカード決済も銀行口座にひも付けされた「アリペイ」「テンペイ」と、基本的な決済機能は変わらないと見られます。
一方で、「アリペイ」「テンペイ」は、屋台を含むあらゆる種類の小売店で利用でき、知人に少額のお金を送金できる「お年玉(紅包)」、割り勘が簡単にできる機能、周辺のネットサービスとの連携などの利便性が受けて急速に拡大してきました。
スマホによるモバイル決済は、2009年にサービス開始の「アリペイ」が市場を開拓し、2011年に参入した「テンペイ」は中国で9億人超が利用するSNS「ウィーチャット」のプラットフォームをテコに急速にシェアを伸ばしています。17年6月時点では、「アリペイ」のシェアが50%強、「テンペイ」は40%と推定されています。
両社の決済額は、2012年の810億ドルから、2016年2.9兆ドルへ4年で36倍に増加しています(図表5)。
両社とも2年前から海外展開を始めています。現在は中国人旅行者がターゲットですが、ローカル市場も視野に入れていると見られ、グローバルなサービスとして発展する可能性が注目されます。
【アリペイ】
「アリペイ」は、アリババグループが株式の37.5%を保有する関係会社アント・ファイナンシャル(未上場)が提供する決済サービスです。2004年にアリババのeコマースサイトの取引仲介(エスクローサービス)を担当する部門として発足しましたが、外国人が支配する決済サービスが規制されるリスクを考慮して、2010年にケイマン諸島籍のアリババグループからCEOのジャック・マー氏などアリババ関係者が共同で経営権をもつ形に改めて現在に至っています。
2009年にモバイル決済「アリペイ」を展開、月間アクティブユーザー数は5.2億人に達しています。同社は決済のほかにも、資産運用や小口融資などを手掛け、香港株式市場への上場を目指しています。最近の投資ラウンドでの企業価値は600億ドル(約6.5兆円)と評価され、市場の注目を大いに集めるIPOになると見込まれます。
【テンペイ(ウィーチャットペイ)】
「テンペイ」は、香港市場に上場する中国のインターネット企業テンセントの決済サービスです。「テンペイ」は日本の「LINE」に相当する「ウィーチャット」上で提供され、SNSの他のサービスとの連携が受けて、先行した「アリペイ」を猛追しています。ウィーチャットの月間ユーザー数は9.6億人に達しています。
テンペイの事業は、テンセントの「その他」部門に含まれています。16年12月期には売上の11%を占め、前年同期比3.6倍と大幅な伸長となって、48%に達した全社売上の伸びを牽引する役割を果たしています。8/16(水)に発表されたテンセントの4-6月期決算は、売上が前年同期比57%増、営業利益が同51%増と大幅業績伸長が続いています。「その他」部門の売上も2.8倍に増加、売上に占める割合は17%まで上昇しています。
図表4:中国の電子決済プレーヤー
決済サービス |
銀聯(Union Pay) |
支付宝(Alipay) |
微信支付(WeChat Pay) |
---|---|---|---|
決済のタイプ |
デビットカード |
スマホアプリ |
スマホアプリ |
設立時期 |
2002年 |
2004年 (「アリペイ」サービスは2011年〜) |
2011年 |
設立母体 |
中国の銀行群 |
アリババグループの関係会社 |
テンセントの一部門 |
利用者数 |
累積カード発行枚数23億枚 |
月間ユーザー数5.2億人 |
月間ユーザー数9.6億人 |
海外展開 |
支払可能162ヵ国 |
28ヵ国 |
15ヵ国 |
- ※会社資料、各種報道よりSBI証券が作成
図表5:中国の小売店でのタイプ別決済金額
- ※国連関連機関「Bettter Than Cash Alliance」のレポートデータをもとにSBI証券が作成
電子決済の中心銘柄、ビザ、マスターカードへの影響は? |
広く「電子決済」というと「クレジットカード」「デビットカード」「電子マネー(プリペイドカード)」などが含まれますが、現在の株式市場で時価総額が大きいのは、クレジットカードとその周辺サービスの企業です(図表6)。
PASMOやnanacoなどの「電子マネー」は最近日本での使用の広がりが目立ちますが、顧客の利便性向上や販売促進などが主目的となっていて、グローバルに見ると決済自体が大きな事業にはなっていません。
ですから株式市場の観点では、「アリペイ」「テンペイ」などの台頭が、電子決済市場の中心となっているクレジットカード関連企業、特にその中心であるビザ、マスターカードにどのような影響を及ぼすかということが重要と見られます。
いまのところ、海外進出といっても年間1.2億人の中国人の海外旅行者が対象で、決済には中国の銀行口座が必要です。また、中国のeコマース、SNSに絡んで利用が広がったため、これらのプラットフォームがない海外ですぐに広まることはないと見られます。
しかし、中国で急速に広まった要因には、店舗側のシステム導入費用が数百円〜数千円と安いことなどが含まれ、その事業モデルの優れた点は「Better Than Cash Alliance」が認める通りです。中長期にはクレジット関連企業に影響が出てくる可能性があるため、目を配っておく必要がありそうです。
以下、電子決済関連の主力企業の事業概要です。
◯ビザ(V)、マスターカード(MA)
クレジットカード、デビットカードによる決済システムを中国を除く世界で提供しており、2社の世界シェア(中国を除く)は8割を超えると見られます(上位5社の集計では、ビザが59%、マスターカードが29%を占めます)。2社を中心とする寡占となっているため、非常に利益率が高く、電子決済市場の成長に投資する際の中心的な銘柄になっています。
両社は決済システムの使用料として徴収する購入額の0.2〜0.3%程度の手数料を主力の収入源としています。これ自体は高いわけではありませんが、高い手数料を取らなければ成り立たない、銀行などのカード発行会社や加盟店の管理会社の営業努力によって成長しています。そういう意味では、安い電子決済が広がると事業には影響が出てきます。「アリババ」「テンペイ」サービスの行方は注意して見ていく必要があるでしょう。
尚、市場が急拡大している中国市場については、これまで銀聯のシステムを使用することが義務付けられていましたが、両社とも中国での免許申請を行い、独自の決済システムを運営する意向です。
◯ファースト データA(FDC)、フィサーブ(FISV)など
クレジットカードの決済システムの中で、加盟店のネットワークを提供する企業、金融機関側のネットワークを提供する企業です。決済システムほど市場構造が寡占化しておらず、また、歴史的に国ごとに市場が分断されていたことから、ビザ、マスターカードほどの大きさにはなっていません。
◯ペイパルホールディングス(PYPL)
当初イーベイのサイトでの決済を主力事業としていましたが、15年7月にイーベイから分離して経営の自由度が高まっています。電子決済の仲介業務を中心に行っている企業で、クレジットカード/デビットカードのネットワークと銀行のネットワークの両方を扱っています。最近、アップルのサービスサイトで採用されて、事業展開への期待が高まっています。
◯アップル(AAPL)
アップルが提供する「アップルペイ」は、iPhoneにクレジットカードや電子マネーの「Suica」を取り込んで、支払時の利便性を高めるものです。個々にカードを保有しなくとも、iPhoneにまとめられることがポイントです。決済システムは既存のものを使用するため、既存の支払システムの利用を促進する立場のサービスと言えます。
クレジットカード業界とその周辺企業に関しては、15年11月11日掲載の特集レポート「ビザ、マスターカードに再び脚光!!「スクエア」上場で」もご参考にしていただけるでしょう。
図表6:電子決済の主要プレーヤー
- 注:電子決済分野の売上構成比が50%以上を占める時価総額上位企業です。アメリカンエキスプレスは決済業務の収入比率が14%のため、含まれていません。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表7:クレジットカードの事業概念図
- ※各種資料をもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。