アップル、ウォルト・ディズニーによる定額動画配信のサービス開始が来月に迫ってきました。巨大企業の新規参入は、従来TVからのシフトに加え、国境の壁が取り払われてグローバルに巨大な市場が形成されることが背景と見られます。現在の市場を牛耳るネットフリックスへの影響という面でも注目を集めています。
図表1:注目銘柄
銘柄 | 株価(10/1) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
ネットフリックス(NFLX) | 269.58ドル | 386.80ドル | 231.23ドル |
ウォルト ディズニー(DIS) | 129.55ドル | 147.15ドル | 100.35ドル |
アマゾン ドットコム(AMZN) | 1735.65ドル | 2035.80ドル | 1307.00ドル |
アップル(AAPL) | 224.59ドル | 233.47ドル | 142.00ドル |
AT&T(T) | 37.41ドル | 38.75ドル | 26.80ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
アップルが11/1(金)に「Apple TV+」、ウォルト・ディズニーが11/12(火)に「Disney+」のサービス開始を予定しており、インターネットを使った定額動画配信サービスへの注目が高まっているようです(図表2)。迎え撃つネットフリックスの株価も最近大きく動いていますので、同市場について現況をご報告いたします。
巨大企業の参入は巨大市場の形成を示唆!?
アップルやウォルト・ディズニーといった巨大企業が満を持して参入することは、定額動画配信が巨大な市場になっていくことを示唆すると考えられます。
個々人の都合により観たいときに観られるオン・デマンドの便利さが、従来型TVからネットでの動画配信へのシフトを促すと見られます。ニュースやスポーツイベントなどライブである必要があるものを除き、ドラマ、映画などライブである必要のない番組の多くが移っていくと考えられます。
実際、米国ではTV視聴の中心的役割を果たしてきたケーブルTVの契約件数が年々減少する一方で、ネットフリックスの契約件数は急拡大を続け、17年からケーブルTVを追い抜いています(図表3)。
さらに、これは米国内の現象にとどまらず、これまで基本的に国ごとに分断されていたテレビ放送市場の一部がインターネットを通じてグローバルに統合されて、動画コンテンツ配信の巨大市場が形成されると考えられます。
既存のネットフリックスやアマゾンだけでなく、新たに参入する企業に事業機会を提供すると見られ、注目の成長市場と言えるでしょう。
市場の構造はどうなる?
市場がいくら大きくなると言っても、競争が厳しくて儲からないというのでは投資先として魅力がありません。市場の構造がどうなるのかについても考えておく必要があるでしょう。
定額動画配信のサービスはインターネット経由で行われますが、一般にインターネットサービスの市場は、ネット検索のグーグル、SNSのフェイスブックに見るように、1社が総取りするケースが多いと言われます。
しかし、定額動画配信の市場は、そのようにならないと考えられます。というのは、個々のサービスがオリジナルのコンテンツを制作して異なった番組を提供して、消費者はこれを目安にサービスを選ぶと考えられるためです。
生き残りの1社を目指した熾烈な競争というよりは、グローバルでは数社がサービスを提供するような市場になると考えられます。これはネットフリックスが業界での競争環境に関してずっと言ってきたことで、確かに、そうだろうと思われます。
米国のケーブルTVに加入している世帯の月額利用料金は平均で60ドル程度です。ケーブルTVの契約をプレミアムチャンネルを省いた20〜30ドルの安い契約とする一方、好みの定額動画配信のサービスを2つから3つ契約するというのが典型的な姿と見られます。
実際に米国のブロードバンド接続がある世帯では、36%が2つ、ないし、それ以上の定額動画配信サービスに加入しているとされます(2018年のパーク・アソシエイツのレポート)。
図表2:米国の主な定額動画配信サービス
サービス名 | 月額料金 (米国のケース) |
グローバル 加入者件数(百万件) |
---|---|---|
Netflix | $8.99〜$12.99 | 151 |
Amazon Prime Video | $8.99 | 75 |
HULU | $5.99〜$11.99 | 28 |
HBO Now | $14.99 | 約5 |
Apple TV+ | $4.99 | 19年11月1日〜 |
Disney+ | $6.99 | 19年11月12日〜 |
- 注:Amazon Prime Videoの月額料金は、サービスを単独で利用する場合です。Amazon Prime Video、HULU、HBO Nowの加入件数は推定です。
- ※各種報道よりSBI証券が作成
図表3:ケーブルTVが減少する中、加入を伸ばすインターネットTV
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
定額動画配信の市場は「生き残りの1社を賭けた熾烈な競争」にはならないとしましたが、このところネットフリックス(NFLX) 【One Pager】の株価が大きく下がっており、新規参入の影響が懸念されている可能性もありそうです。そこで、同社の現況について確認してみましょう。
新規加入件数への懸念は当面続きそう
株価下落のきっかけとなったのは、7/17(水)に発表された4-6月期決算で、加入件数純増が2.70百万人(国内-0.13百万人、海外2.83百万人)と、会社ガイダンスの5.0百万人(国内0.3百万人、海外4.7百万人)を大きく下回ったことでした(図表4)。
19年1月に値上げを行った地域での解約が増えたことに加え、4-6月期のコンテンツに目立ったヒットがなかったことも新規加入が低調となった要因と見られます。
一方、7-9月期の加入件数純増ガイダンスは7.0百万人(国内0.8百万人、海外6.2百万人)で、前年同期比15%増相当と4-6月期の低調から回復を見込んでいます。会社は人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」シーズン3の放送開始が貢献すると期待しています。
ただし、7-9月期に数字の回復が確認できたとしてもウォルト・ディズニー、アップルの参入による影響を確認できるのは10-12月期の数字です。同社の新規加入件数に対する市場の懸念は来年1月頃まで続く可能性が高く、株価が不安定な状態は当面続きそうです。
株価のバリュエーションは妥当な範囲まで下落
一方、中長期のファンダメンタルズから考えると、ネットフリックスの株価は投資しやすい水準まで下がってきたと見られます。
同社の短期的な株価動向は新規加入件数に大きく左右される傾向がありますが、中長期の業績は順調な拡大が見込まれています(図表5)。
同社は17年に営業利益率を引き上げていくことを宣言して、16年の4.3%から、17年の7.5%、18年の10.2%とし、19年は13.2%への上昇が予想されており、その後も上昇傾向が続くと見込まれています。売上拡大とともに利益率も上昇することで利益額は急拡大となる見通しです。
市場コンセンサスのEPSは19年3.90ドル、20年6.72ドル、21年10.03ドルの見通しです。現在の株価で21年予想基準のPERは26倍前後となります。この業績予想が大きく変わらないようであれば、中長期の見通しからは投資価値が出てきた水準と言えそうです。
図表4:ネットフリックスの新規加入件数
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表5:業績の推移
- 注:予想はBloomberg集計の市場コンセンサスによります。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
ネットフリックス以外の大手各社の取り組みについてもみてみましょう。
11/12(火)に「Disney+」のサービス開始する予定です。同社は、地上波放送局の「ABC」、ケーブルTV向けのスポーツ専門チャンネル「ESPN」、「ディズニーチャンネル」などを運営してきた経験のほか、映像制作では「ウォルト・ディズニー・スタジオ」「ピクサー」「マーベル・スタジオ」「ルーカスフィルム」のほか、買収した「21世紀フォックス」を擁して、コンテンツの制作能力も他を圧倒する規模と言えるでしょう。
このような陣容にもかかわらず、「Disney+」の月額料金は6.99ドルとかなり低水準で設定されています。ネットフリックスの競合として、最も手ごわい相手と言えそうです。また、同社は現在HULUの67%の株式を保有するほか、コムキャストが保有する株式を2024年に譲り受けることで合意しており、完全子会社化する見通しです。
Bloombergの業界アナリストの予想では、「Disney+」の加入件数は、2024年に60〜90百万人が見込まれ、「HULU」、スポーツ専門の「ESPN+」を加えると110〜160百万件に達すると予想しています。そのときのネットフリックスの加入件数は250百万件と見込まれています。
定額動画配信ではネットフリックスに次ぐ加入件数を持つ大手ですが、年会費の119ドル(月払いでは月額12.99ドル)を支払うプライム会員向けのサービスが主体のため、事業規模や収益性を外部から推定することが難しくなっています。
決算リリースの開示では、19年4-6月期に46.8億ドル、売上構成比7.2%を占める「サブスクリプション・サービス」に、プライム会員会費、音楽やeブックのサービス手数料などとともに計上されています。
主力事業のスマホ市場が成熟してきたため、各種のサービスやウェアラブル機器の拡大でiPhoneへの依存度を下げようとしており、その中でネットの動画配信事業の「Apple TV+」は重要な役割が期待されています。「+」がついているのは、従来からあるセットトップボックスの事業を「Apple TV」としているためです。
11月からのサービスインに向け、スターティングラインアップとして、「SEE」「Morning Show」「Dickinson」「For All Mankind」などのアップルオリジナルの新しいドラマシリーズなどが準備されています。
同社の競争力を考える上で、手元流動性は19年6月末に2,100億ドル(約23兆円)と豊富で投資能力が大きいこと、ブランドが世界に行き渡っていることがプラス、映像制作事業の運営経験がないことはマイナスと考えられます。
タイム・ワーナーを買収してワーナーメディア部門の傘下に定額動画配信の「HBO NOW」を擁します。「HBO」はケーブルTV事業を運営する会社で、同社によるネット配信は、放送加入者向けの「HBO GO」と加入者かどうかを問わない「HBO NOW」からなります。
ケーブルTV事業の補完的役割となっており、他の定額動画配信サービスとは位置付けが異なると言えるでしょう。このため、加入件数は、いまのところ、比較的少数にとどまっています。
ただし、「HBO」は今年5月に最終シーズンを迎えた「ゲーム・オブ・スローンズ」が歴代の米国ドラマでも上位と言われる人気となり、ドラマの制作能力には定評があります。コンテンツ勝負になったときにはあなどれない力があると考えられます。
図表6:主要メディアのコンテンツへの投資額(19年予想)
ストリーミング・メディア | |
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ネットフリックス | 91億ドル キャッシュ投資額は151億ドル |
Disney + (オリジナルコンテンツ) |
5億ドル以下 キャッシュ投資額は10億ドル強 |
アマゾン・ビデオ | 約65億ドル |
HULU | 約35億ドル |
伝統的メディア | |
NBC(コムキャスト) | 約140億ドル |
CBS | 約60億ドル |
バイアコム | 約55億ドル |
ワーナー(AT&T) | 約90億ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。