昨年来米国株式市場の非常に好調な状態が続いていますが、「米国株はなぜこんなに強いのだろう?」「こんなに上がって大丈夫?」と思われたことはないでしょうか。今回の外国株式特集レポートでは、「米国株の強さの秘密」に迫ります。米国の強さの源泉は「労働市場の柔軟性」にあるというのが結論です。
図表1 注目銘柄
銘柄 | 株価(11/30) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
iシェアーズ S&P 500 ETF(IVV) | 457.63ドル | 475.50ドル | 360.50ドル |
インベスコ QQQ トラスト シリーズ1 ET(QQQ) | 393.82ドル | 408.71ドル | 294.78ドル |
バンガード 米国メガキャップ グロース ETF(MGK) | 256.53ドル | 266.44ドル | 192.84ドル |
バンガード 米国増配株式ETF(VIG) | 161.99ドル | 168.93ドル | 136.02ドル |
SPDR S&P 米国高配当株式 ETF(SDY) | 120.67ドル | 128.90ドル | 102.99ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
今回は「米国株式市場の強さの秘密」に迫ってみたいと思います。
結論から言いますと、「労働市場の柔軟性」が米国株式市場の強さの根本的な理由で、ここに何らかの変化がない限り、米国株式市場の相対的な優位は続くというものです。
米国株式市場の強さ
まず、米国株式市場の強さについて、確認してみましょう。
図表2は日本のTOPIXと米国のS&P500指数を円換算したものを、1999年末を100として指数化したものです。11/26(金)時点の値は、TOPIXが121であるのに対して、S&P500指数は346と2.9倍の大きな格差が生じています。
もう少し詳しくみていくと、リーマンショック後の2010年頃まではさほど大きな格差が付いていませんでした。この時期は2000年のITバブル崩壊から2003年頃より世界経済が回復、一方2008年には米国の住宅バブルが崩壊してリーマンショックに至った時期です。
中でも2003年〜2007年は世界的に経済成長率が高く、自動車などの耐久消費財や機械産業の構成比が高く景気敏感な産業構造をもつ日本に有利な時期でした。実際、同期間にTOPIXは75%上昇して、S&P500指数(円建て)の57%上昇を上回っています。日本株はバブル期の高バリュエーションが完全に剥げたことで、景気次第で世界市場と連動できていた時代です。
一方、米国株の好調が目立ち始めたのは2011年頃からで、以来格差は拡大の一途を辿っています。この時期には、アップル、マイクロソフト、アマゾンドットコム、アルファベット、エヌビディア、メタプラットフォームズ(旧フェイズブック)などの米国の大手IT企業の株価が大幅に上昇した時期にあたります。
これら企業はそれぞれの事業分野で世界市場を席巻したために、米国市場の相対的優位が強まったと考えられます。特に新型コロナのパンデミックで世界的にDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んだことで、昨年、今年と大幅な上昇となっています。メタプラットフォームズが上場した2012年の年末から直近までのS&P500指数の上昇寄与を計算すると、上記6銘柄合計で31%に達しています。
実質GDPでも大差
上述のことを考えると、これらけん引した銘柄群の上昇が一服すれば、米国の相対的な好調は終わるという可能性もありそうです。しかし、株式市場だけでなく、実質GDPでも米国は日本を大差で引き離しています。上記のIT企業だけでなく、米国の強さは幅広い範囲に広がっているのではないかと感じさせます。
図表3はIMFのデータで、日本と米国の実質GDPをドル建てで比較したものです。2023年の予想値は日本が120、米国が243で、ちょうど2倍の格差となる見込みです。両国の企業は海外事業の比率も高いため、これだけで株式市場のパフォーマンスが決まるわけではありませんが、母国市場の経済成長の違いは株式のパフォーマンスに重大な影響を与えるでしょう。
さすがにこれほどの格差が継続的に生じる背景には、「循環的な景気局面の違い以外に、何か構造的な原因があるのではないか」、というのが常識的な判断ではないでしょうか。
この点について、筆者の個人的な考えですが、日米の労働市場の違いが根本的な原因ではないかということを、次節でお話します。前職で米国株を担当し始めた時期を含めて10年近くセミナーなどではお話してきた内容ですが、レポートにはしていませんので、今回が初めての試みとなります。
勉強しなかった大学時代でしたが、卒業論文は労働市場をテーマに書いており、社会人になっても興味をもってみてきた分野です。研究者ではないので、事実を積み上げて論証していくというわけではありませんが、ご参考となれば幸いです。
図表2 過去20年のS&P500指数とTOPIX(月次データ)
- 注:最後のデータは2021年10月末です。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表3 日米の実質GDP推移
- 注:2021年〜2023年はIMFの予想によります。
- ※IMF「World Economic Outlook Database, April 2021」のデータをもとにSBI証券が作成
筆者が米国の株式市場を見ていて強さを感じる部分は、[1]M&Aを駆使したスピード経営、[2]イノベーションの力、[3]高い経済成長、などです。
そしてこれらが米国の強さとなっている要因を考えていくと、米国の労働市場の柔軟性や流動性の高さ、そしてその背景にある、日本の「終身雇用」と米国の「ジョブ型の雇用」、日本の「就社」と米国の「就職」といった労働市場の考え方の違いに行き着くと筆者は考えています。
日米の労働市場の違いを際立たせた事例
昨年、日米の労働市場の違いを際立たせた事例がありました。図表4は日米の失業率の推移を2019年から見たものですが、注目いただきたいのは米国の失業率が2020年4月に14.8%に急上昇している点です。
新型コロナのパンデミックによるインパクトは米国が世界最悪で、経済封鎖の影響も最も大きかった結果です。しかし同様のインパクトが仮に日本で起こったとして、このような失業率になるでしょうか?
終身雇用が前提の日本企業では、「社内失業」は増えても、統計に表れる失業者はこんなに増えなかったのではないでしょうか。日本の失業率は2020年3月の2.5%からじわじわと上昇して、半年後の2020年10月の3.1%でピークとなっています。
これは一見すると米国経済の弱さにも見えますが、筆者には米国の労働市場の流動性の高さ、調整の速さが端的に表れた米国の強さを示す事例と感じられます。
失業率の絶対水準が違うのでグラフではわかりにくくなっていますが、2020年3月の失業率を100として指数化すると、米国は翌月に336まで上昇しましたが、2021年10月には105まで改善して、調整もほぼ終わろうとしています。一方、日本はピークとなった2020年10月に124まで上昇、2021年10月も112と調整に時間がかかっています。
労働市場の「価格調整」と「数量調整」
一般的に米国の労働市場は「数量調整」で、日本は「価格調整」だと言われます。企業による解雇がしやすい米国では、労働市場の調整は数量で行われます。これが可能になるのは、流動性の高い労働市場があり、その背景には「ジョブ型の雇用」があると考えられます。
一方、日本は終身雇用が前提となっているために、企業に余剰人員ができても簡単に「数量調整」することができず、賃金で調整されます。日本の労働市場も徐々に流動性が高まってきて、「ジョブ型の雇用」も増えていますが、社会全体でみるとまだまだその比率は小さいようです。
2つの制度のどちらがよいというのは、何を重視するかによって違うでしょう。社会の安定を重視するのであれば、日本の制度ほうがよいかもしれません。所得格差が小さく、犯罪が少なく、安心して暮らせる社会は、日本の雇用慣行があってこそなのかもしれません。
しかし、少なくとも企業経営のしやすさや株式市場の観点からは、米国の制度のほうが圧倒的に有利と考えられます。また、経済成長という面を考えても、「隠れ失業」が発生しにくい米国のほうが効率的でしょう。これが米国経済が順調に成長し、株式市場も相対的に強い「秘密」なのではないでしょうか。
各国の雇用制度は、社会の慣習、失業者に対するサポート、職業訓練機関の充実、年金制度など幅広い社会制度と結びついているので、おいそれと変えることはできません。このため、米国株式市場、米国経済の相対的な強さは今後も続くと考えてよいと考えています。
労働市場は不変のものではない
ひるがえって成長戦略を探る日本に対しては、労働市場の流動性を増す施策が効果を発揮するのではないでしょうか。
日本の終身雇用は、戦後の高度成長期に労働者不足が慢性化したことを契機にできあがったと言われています。戦前の日本ではリストラによる解雇は珍しくなかったようです。
高度成長でどの産業でも労働力が不足していた時代には機能した仕組みですが、低成長に移行して産業によっては余剰人員が生じる中、また、産業の興亡スピードが速まる中でも終身雇用の制度を守っていることが経済の低迷から抜け出せない主因ではないでしょうか。
実は米国も現在のような労働市場がずっと続いていたわけではないようです。東京大学名誉教授菅野和夫氏の「日本的雇用システムの変化と課題」によれば、「アメリカは1970年代からのリストラの嵐で、70年代後半から内部労働市場型から外部労働市場型へとモデルチェンジがなされました。なお、経営が安定する優良企業や組合がしっかりしている製造業では、内部労働型市場システムも残っていますが、それでも年功による処遇ではなく、職務グレード制による処遇制度が確立しています。」とあります。
ここで内部労働市場型とは、企業内に存在している労働市場のことで、長期に雇用され、能力開発は社内で行われ、人材の配置転換が行われます。外部の労働市場から切り離して、社内に労働市場を形成しているという意味です。日本の企業は労働市場を内部化する度合いが強いと言われます。
一方、外部労働市場型は、米国のようなシステムです。事業や部門ごとに必要なスキルをもつ人材を外部労働市場からその都度調達します。「CEO(最高経営責任者)を探す」というと日本の感覚では奇異に感じますが、外部労働市場から才能を調達する米国企業では当たり前のことのようです。
日本でも企業の雇用は、外部労働市場型に徐々に移行していますが、そのスピードを速める施策、移行がスムーズにできるような環境の整備などは日本の政策として必要なものになっているのではないでしょうか。
図表4 日米の失業率の推移
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
米国株式市場と米国経済の持続的な好パフォーマンスの秘密は、流動的で柔軟性の高い労働市場にあるのではないかとしました。ここでは、これがどのように第2節であげた、筆者が感じる「米国の強さ」につながっているのかについて考えてみました。
[1] M&Aを駆使したスピード経営
日本企業のM&Aも過去20年で活発化してきましたが、まだ、米国企業のM&Aの多さ、スピード感には及ばないとみられます。背景には労働市場の違いが影響しているとみられます。
例えば、大企業傘下の事業を買収することを考えたとき、日本の場合は事業の要になっている従業員が辞めないかを考える必要があるでしょう。
大企業に「就社」して、社内異動で一時的にその事業に携わっていると考えている社員にとっては、M&Aで他の企業に籍が移るのに抵抗を感じるかもしれません。
一方、米国のように「就職」と考えている社員にとっては、M&Aで新しい企業の傘下となったほうが事業が伸びるのであれば、それを歓迎するでしょう。事業を売る側も買う側も、お互いにメリットとなるロジックがあれば、どんどん進んでいくことになります。
このため、米国企業の事業展開は非常に速いスピードで進む例をみかけます。有望と考える新規事業についてM&Aを重ね、1〜2年の間に主力事業の一つに育てるといったことがあります。
一方、事業の見通しが悪くなったものは、早い段階でプライベートエクイティなどに売却して、株式市場からはずしてしまいます。株主から経営を委託されているプロの経営者が多いので、四半期決算説明会で「この事業については引き続き不振で・・・」という説明は何回も通用しないということでしょうか。
また、米国企業の経営をみていて感じるのは、「無理して頑張らない経営」です。従業員と設備を「市場価格」で調達して、適正なビジネスモデルで製品・サービスを投入したにも関わらず、適正な利益が出ない場合には、さっさと事業をやめるという印象があります。
日本企業にありがちな、事業が好転するまで人件費を引き下げてでも頑張るということはしない印象です。これも労働市場が内部化されている日本企業と市場原理が企業内部にまで貫徹している外部労働市場化型の米国企業の違いに要因があるとみられます。
[2] イノベーションの力
米国の労働市場の流動性の高さは、イノベーションを生む力にも影響を与えているとみられます。日本のように終身雇用が前提となっていると、新しい事業のアイデアがあっても、会社を辞めてチャレンジすることに対するハードルが高くなると考えられます。
一方、「ジョブ型の雇用」によってある分野でキャリアを積んでいれば、事業アイデアを実現するために会社を辞めてチャレンジして、仮に失敗したとしても、再起は可能でしょう。従来と同様の条件で復職できる可能性が高ければ、イノベーションにチャレンジするハードルは下がるでしょう。こういうことが米国では頻繁に起こっているのではないかと考えられます。
日本にも社内ベンチャー制度があり、ある程度効果を発揮しているとみられます。ただ、本当に有望な事業と考えるなら、利益を会社と分けるよりも個人あるいは仲間内で独占したいと考えるのが人情でしょう。一度失敗しても再起できる社会の構造を構築できることがイノベーションを生む力に影響している可能性がありそうです。
[3] 経済成長の高さ
流動的で柔軟な労働市場によって、企業のリストラのスピードが速いことが、米国の経済成長の高さにもつながっていると考えられます。
日本企業の場合は、将来性のない事業から将来性のある事業へ「配置転換」が行われて企業内部で調整する機能があります。しかし、両部門の規模がバランスしていない場合は、どうしても余剰人員を抱えたまま、身動きがとれないという事態もあるようです。
このような事態は、働いている従業員にも不幸です。「社会にインパクトを与えるんだ」と前向きに仕事をするのか、「この組織で何とかポジションを維持したい」と余計なことを考えながら仕事するのか、毎日のことになりますので、大きな違いが生じるでしょう。
米国ではさっさとリストラが進んで、社会全体の中で前向きに仕事をしている人の比率が高いのではないでしょうか。これが経済成長の高さにつながると考えられます。
日本の労働生産性の低迷が話題にあがることがありますが、日本人の能力や日本の教育が米国のそれにさほど劣っているとは思いません。要はもっている力をいかに効率よく発揮しているかどうかの問題のように感じます。
米国では労働市場の柔軟性のおかげで、個々人のもっている力が発揮されやすく、日本はその面で改善の余地があるのではないでしょうか。
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。