中国フードデリバリー最大手の美団(03690)が8/16に9%下落し、ハンセンテック指数も2%下落しました。きっかけは、テンセント(00700)が美団株の売却を計画していると報じられたからです。今回は、美団を含むテンセントの主要投資先と、テンセントが保有比率を引き下げた銘柄(株価動向含む)について整理したいと思います。加えて、テンセントの株価低迷要因と短期的な注目点についても確認してみます。
図表1 主な言及銘柄
銘柄 | 株価(8/16) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
テンセント(00700) | 303.00香港ドル | 513.45香港ドル | 288.00香港ドル |
美団(03690) | 164.50香港ドル | 298.00香港ドル | 103.50香港ドル |
JDドットコム(09618) | 221.20香港ドル | 356.50香港ドル | 156.37香港ドル |
快手(01024) | 71.90香港ドル | 110.50香港ドル | 53.15香港ドル |
ピン多多ADR(PDD) | 49.34米ドル | 109.79米ドル | 23.21米ドル |
ビリビリADR(BILI) | 24.60米ドル | 93.47米ドル | 14.93米ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
8/16に、中国のフードデリバリー最大手の美団(03690)が9%下落し、ハンセンテック指数も2%下落しました。
きっかけは、テンセント(00700)が美団の保有株240億ドル相当の全てもしくは大半を売却する計画だと、ロイター通信が報じたからです。それによると、「テンセントはここ数カ月、美団株の売却方法について財務アドバイザーと協議を進めており、市場の状況が良ければ、年内の売却を目指すという。」
上記の報道に関し、中国現地メディアの北京商報がテンセントに問い合わせしたところ、テンセント側は「コメントしない」と返事したそうです。テンセント側が売却報道を否定しなかったと解釈され、美団は急落し、テンセントの保有比率が高い動画配信サービス大手の快手(01024)やピン多多ADR(PDD)、ビリビリADR(BILI)が連れ安しました。
図表2 テンセントが投資している主要中国企業と8/16の株価騰落率
企業名 | 保有株比率 | 香港および米国上場銘柄 | 8/16の株価騰落率 |
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快手 | 21.1% | 01024 | -4.39% |
美団 | 17.0% | 03690 | -9.07% |
ピン多多 | 15.5% | PDD | -3.50% |
KE ホールディングス | 11.5% | BEKE | -1.61% |
ビリビリ | 11.2% | 09626 | -2.54% |
BILI | -2.65% | ||
ニオ | 9.8% | 09866 | -1.76% |
NIO | -1.83% | ||
唯品会 | 9.8% | VIPS | -1.48% |
JDドットコム | 2.3% | 09618 | -0.45% |
JD | -1.19% | ||
新東方在線 | 1.6% | 01797 | -3.33% |
注:銘柄コードにリンクが付いていないものは、現時点でSBI証券で取り扱っていません。
※Bloombergおよび各種資料をもとにSBI証券が作成
テンセントによる保有株の売却で、最も投資家を驚かせたのはJDドットコム(09618)のケースです。2021/12/23、テンセントは保有するJDドットコム株の約86%相当分を特別中間配当として分配すると発表しました。実質的には保有比率の引き下げ(17.0%→2.3%)となり、JDドットコムは12/23に7%下落しました。
なお、テンセントはJDドットコムの保有比率を減らした理由について、「投資の回収」だと説明しました。「投資の回収」の基準については、「発展段階の企業に投資し、投資先企業が将来的な取り組みに必要な資金を自前で賄えるようになれば投資を回収する」と説明しました。
それ以降、テンセントによる「投資の回収」は続きました。たとえば、テンセントは2022年6月にオンライン教育大手の新東方在線(01797)(SBI証券取扱なし)、8月には映画配給会社の華誼兄弟(300027)(SBI証券取扱なし)の保有株を売却しました。
図表3 テンセントが保有比率を引き下げた主な企業
年月 | 対象企業 | 主要業務 | 保有比率の変化 |
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2021年12月 | JDドットコム(09618) | 中国のEC大手 | 17.0% → 2.3% |
2022年1月 | シー(SE) | 東南アジアのゲーム・EC大手 | 21.3% → 18.7% |
2022年6月 | 新東方在線(01797) | 中国のオンライン教育大手 | 9.04% → 1.58% |
2022年8月 | 華誼兄弟(300027) | 中国の映画配給大手 | 7.94% → 4.99% |
※Bloombergおよび各種資料をもとにSBI証券が作成
テンセントによる美団の売却計画について、現時点で事実関係は不明です。中国証券網(大手証券メディア)は、テンセント広報部の総経理が微信(メッセンジャーアプリ)に投稿した内容を引用し、同計画に関する”噂”は事実ではなく、テンセントは現在、美団の株式を売却する予定はないと報じました。それを受け、8/17の寄り付きで美団は反発しました。なお、上記はテンセント側の公式見解ではないため、売却をめぐる懸念が完全に消えたとは言えなさそうです。事実関係が明らかになるまで、美団の売り圧力に対する警戒は残る可能性があります。
過去の実例からすると、もし売却が事実なら、短期的には株価調整を引き起こす可能性があります。下記(2)の部分で過去の事例を確認してみたいと思います。
テンセントが保有比率を引き下げた3つの銘柄の株価推移を確認してみると、いずれも引き下げ報道の直後は株価が下落しました。ただし、下落幅はまちまちでした。新東方在線(01797)の下落が最も顕著でしたが、その前の急騰による影響もあったとみられます。その後、短期的な調整を経て、いずれの銘柄も売り圧力の後退とともに買い戻しの動きがみられました。
図表4 テンセントが保有比率を引き下げた銘柄の株価推移

- ※Bloombergおよび各種資料をもとにSBI証券が作成
より中長期的には、需給以外の要因が株価を左右しています。たとえば、JDドットコムの場合、売り圧力の後退とともに2022年初めに株価が持ち直した後、2022年3月中旬に急落しました。中国ADRの上場廃止リスクに対する警戒でネット大手がそろって売られたからです。ただしその直後、中国当局が中国ADRの上場廃止リスクをめぐり、米当局と積極的に協議を進めると表明したことを受け、JDドットコムを含むネット大手は急反発しました。足元ではコロナの感染拡大による景気への影響懸念で株価は軟調に推移しています。ただ、3月中旬を底とした上昇トレンドは維持されています。
テンセントの株価推移を確認してみると(図表4)、出資した企業からの「投資回収」は決してポジティブ材料になっていないようです。主な理由として、以下3つが挙げられます。
1)ネット大手に対する規制の懸念
この点に関しては、テンセントによる美団の売却計画を報じたロイター通信の記事でも指摘されています。原文は下記の通りです。「中国の規制当局は、株式の取得や市場支配力の強化を通じた大手ハイテク企業の事業拡大に目を光らせており、テンセントは規制当局の懸念に配慮して、保有株の売却を進めている。」つまり、市場ではテンセントによる投資回収は、投資益の計上といったポジティブ側面よりも、規制対応のためのネガティブ側面を警戒しています。
2)テンセント株自身の需給要因
テンセントの大株主である南アフリカのインターネット大手Naspersの子会社Prosusは6月に、自社株買いの資金を捻出するため、テンセントの一部持ち分を売却すると発表しました。Prosusが具体的に売却する予定のテンセントの株数や売却期間を公表しておらず、その後、自社株買いを続けたため、テンセントにとって売り圧力となっています。今後、Prosusの自社株買いが一段落すれば、テンセントをめぐる需給圧力も後退するとみられます。
3)マクロ環境を受けた業績見通しの悪化
中国の主要経済指標は、上海のロックダウン解除で月次ベースで回復が続きましたが、7月の回復ペースは市場予想を下回りました。一部都市での新型コロナの感染拡大が響きました。それを受け、テンセントを含めて中国企業に対する業績懸念が強まりました。特に中国当局(中国人民銀行も含む)が7月末に、大規模な景気支援策を実施しないと表明した後、企業業績見通しの下方修正が目立ちました。
上記のうち、1)と2)よりも、足元では3)の方がより株価を抑制する要因となっています。テンセントを含む中国企業は8月中旬から下旬にかけて4-6月期の決算発表のピークを迎えるためです。テンセントは8/17引け後に決算発表を行う予定です。今回の決算発表では4-6月期の実績もさることながら、足元のマクロ環境を受け、経営陣が7-9月期や年後半についてどのような見通しを示すかが注目されます。
なお、中国人民銀行は8/15に、予想外に中期貸出制度(MLF)の1年物金利を引き下げました。足元の景況感悪化を受け、中国当局が一転して景気支援へ動き出した格好です。今後の注目点は、8/22に発表される予定のローンプライムレート(LPR)です。というのは、中国の主要政策金利のうち、より重要なのは貸出金利の指標となるLPRであるからです。LPRが引き下げられた場合、中国人民銀行が本格的な金融緩和に踏み込むことになり、株式にとって支援材料となります。他方、引き下げがなかった場合、ネガティブ材料として意識される可能性があり、注意が必要です。
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