糖尿病治療薬に使われている「GLP-1受容体動作薬」は肥満治療薬としても使えるということで、市場拡大が期待されています。今回はこの市場でリードしているノボノルディクス、イーライリリィを中心にご紹介いたします。
図表1 注目銘柄リスト
銘柄 | 株価(12/13) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
ノボノルディスク ADR(NVO) | 132.84ドル | 133.46ドル | 91.51ドル |
イーライ リリィ(LLY) | 358.66ドル | 375.25ドル | 231.87ドル |
アムジェン(AMGN) | 272.26ドル | 296.67ドル | 209.00ドル |
ファイザー(PFE) | 53.07ドル | 61.71ドル | 41.45ドル |
アルティミュン(ALT) | 10.80ドル | 23.49ドル | 3.83ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
今回は肥満治療薬の市場を取り上げます。
来年の米国株式市場は、経済成長、企業業績とも低調な伸びになると見込まれており、米国の主要証券会社ストラテジストはS&P500指数の2023年末水準を平均で4,035ポイントと、現在の水準からほぼ横ばいと予想しています(12月4日時点、15社の平均)。
このためS&P500など指数への投資のみでは大きなリターンを得ることが難しいと考えられ、個別に業績が伸びる要因をもつ企業が、いつにも増して注目されると考えられます。その典型が肥満治療薬の開発企業と考え、今回取り上げることとしました。
〇肥満治療薬に注目できる理由
肥満治療薬が注目できるのは、今年に入ってポジティブな材料が出てきているためです。まず、米国の製薬大手イーライリリィが開発中の肥満治療薬「チルセパチド」の臨床試験で、被験者の体重が平均で21%減少したという驚くべき結果が今年4月に発表されました。
その薬は10月にFDAの優先審査の資格を獲得しています。これは開発が成功すると価値が高い薬であるとFDAが認めたことを意味し、2023年にも承認される可能性があると見込まれています。
さらに、肥満治療薬で先行しているデンマークの製薬大手ノボノルディスクが、昨年発売したものの需要が強すぎて一旦マーケティングを中止した肥満治療薬「ウェゴビー」を米国で近く再投入する見込みとなっていることも市場の関心を高めています。
〇これまでの肥満治療薬と違う訳
肥満治療薬というと、過去の様々な経緯から、安全なのか、本当に効くのかと疑問をもつ方もいらっしゃると思いますが、今回のものは本当に効くようです。現在様々な会社で開発が進んでいるのは、糖尿病の治療に利用されている「GLP-1」というホルモンの作用を応用するもので、これを肥満治療に転用します。適切に管理すれば、安全に効果が高い体重管理ができると言われています。
GLP-1は小腸から分泌される消化管ホルモンです。人が食事をして、食物が小腸に届くと、その刺激で分泌されます。GLP-1が膵臓にある受容体と結合してインスリン分泌を促し、血糖値を下げるという仕組みになっています。ただ、GLP-1は体内では直ぐに分解されてしまいます。
GLP-1の働きが持続するように工夫したものが「GLP-1受容体作動薬」で、これまで糖尿病薬として使われてきました。しかし、脳内の中枢神経に直接作用して食欲を抑える働きがあることが知られるようになり、これを利用して肥満治療薬としても使われ始めています。
11/21(月)に掲載されたファイナンシャル・タイムズ紙の記事によると、2021年に15億ドルと推定される肥満治療薬の市場について、モルガンスタンレーのアナリストは2030年に500億ドルへ拡大すると予想しています。30倍以上ですから、高い成長ポテンシャルを秘めていると言えるでしょう。
〇肥満治療薬を開発している会社
今回開発が進んでいる肥満治療薬は糖尿病治療薬の「GKP-1受容体動作薬」を転用するものであるため、糖尿病に強いデンマークのノボノルディスクと米国のイーライリリィが先行しています。前者はデンマークでインスリンを生産していた2社が1989年に合併して形成され、後者は世界で初めてインスリンの大量生産に成功したことで有名と、糖尿病と深い関係のある会社です。
この2社以外にも、アムジェン(AMGN)、ファイザー(PFE)、新興バイオ企業のアルティミュン(ALT)などが開発に取り組んでいます。
図表2 肥満治療薬に注目できる理由
〇米製薬大手イーライリリーの肥満治療薬「チルセパチド」
第3相臨床試験で被験者の体重が平均21%減少(4月28日発表)
〇「チルセパチド」は2022年10月にFDAの優先審査の資格を獲得
(開発が成功すれば価値のある薬とFDAから認められた)
〇ノボノルディスクの肥満治療薬「ウェゴビー」
米国市場への再投入が近づく
※各種報道をもとにSBI証券が作成
〇現在の肥満治療薬市場はノボノルディスクの独壇場
肥満治療薬市場の現在の状況を確認しておきます。2021年8月の15億ドルから2022年8月には32億ドルに急拡大しています(各月の過去12ヵ月の合計)。そのうち、ノボノルディスクが70%、86%のシェアを占めています。
同社が「ウェゴビー」を発売したことで、その分市場が拡大したということがわかります。それ以外の肥満薬市場はほとんど変わっていないということになります。
イーライリリィの「チルセパチド」は2023年にも承認される可能性があることから、当面はノボノルディスクとイーライリリィがこの市場を分け合うと見込まれています。
〇肥満治療薬市場のポテンシャル
この市場がどれくらいのポテンシャルがあるかについてみてみます。ノボノルディスクの会社説明資料からです。
図表4を左から見ていきますと、肥満とともに生きる人が世界で7億6,400万人、このうち助けが必要な人が約10%相当の7,600万人、抗肥満薬で治療している人が1,500万人、専門家の診断を受けている人が250万人、ノボノルディスクの効果の高い新世代の肥満治療薬を使っている人が100万人です。
肥満の人のどこまでが薬で治療すべきか、まだ、社会的なコンセンサスはできていませんが、ポテンシャルが大きい市場であることはうかがえます。
例えば、抗肥満薬で治療を行っている人が、はっきりと効果が出ると言われているノボノルディスクなどの「GLP-1受容体動作薬」に変えると、利用者数は15倍に拡大する計算になります。
〇市場拡大の課題は保険適用
第1節で言及した2030年に500億ドルというのは、モルガンスタンレーのアナリストの予想ですが、市場規模の予想は予想者によって大きな幅があるようです。というのも、現在のところ一般的には肥満は「治療すべき病気」と捉えられておらず、医療保険適用がされないケースが多いためです。
ウェゴビーの適応(使用される対象)を確認しておきますと、肥満(BMIが30kg/u以上)の人は無条件で、過体重とされるBMIが27kg/u以上の方は、体重が関係する合併症がある場合に処方されます。このような条件を満たす方に、食事および運動療法の補助療法として承認されています。
費用は米国のケースで週1回の皮下投与で、月1,000〜1,500ドルと言われています(バロンズの記事から)。保険が効かないと、富裕層以外はなかなか使えないということになるでしょう。
市場拡大の課題は、政府の医療保険プログラムや民間保険会社で、どこまで対象になるかにかかっていると言えます。このためノボ ノルディスクやイーライリリィは、肥満を解消することで、肥満が原因でなるとされる疾病(心臓病、脳卒中、肝臓病、高血圧など)を減らすことができることを証明するための臨床試験を進めています。市場拡大の程度は、その効果次第ということになりそうです。
図表3 肥満治療薬市場の現状

注:各時点の過去12ヵ月の売上を集計したものです。
※ノボノルディスクの会社説明資料をもとにSBI証券が作成
図表4 肥満治療薬市場のポテンシャル

※ノボノルディスクの会社説明資料をもとにSBI証券が作成
肥満治療薬で先行しているノボノルディスクとイーライリリィ、さらに最近肥満治療薬で初期段階ながら有望な結果を出したアムジェンの状況についてご紹介いたします。
まず、本レポートのテーマである、ノボノルディスクとイーライリリィの糖尿病治療薬と肥満治療薬の売上予想を図表5にまとめました。これを見ると糖尿病治療薬が圧倒的に大きくて、肥満治療薬はまだまだ小さいことがわかります。
糖尿病治療薬は従来の薬に対して治療効果が高いGLP-1受動作動薬の普及が進むことで両社とも大きく伸びると予想されています。特にイーライリリィの売上の伸びが高いのは、米国での「マンジャロ」の市場投入の効果が織り込まれているためです。
ノボノルディスクの肥満治療薬「ウェゴビー」の売上予想は保守的と見る向きもあり、米国市場への再投入が始まったときの売上状況によっては予想が大きく変わる可能性があるようです。このため、今後の推移に要注目です。
〇ノボノルディスク(NVO)
デンマークの医薬品大手で、米国市場にはADRで上場しています。1989年にインシュリンメーカー2社の合併で形成されました。糖尿病治療薬が主力で、他に肥満治療、希少疾患も手掛けています。
同社は2021年6月にFDA(米食品医薬品局)から体重管理を適応とした「ウェゴビー」が承認され、肥満治療薬で最も先行しています。糖尿病治療薬と肥満治療薬には深い関係がありますが、売上の8割近くが糖尿病治療薬である当社がリードしているのには、それなりの理由があると言えるでしょう。
「ウェゴビー」は米国で発売したところ需要が強すぎて生産が間に合わず、現在は積極的なマーケティング活動を中止しています。しかし、生産体制を整えてから、近く米国市場に再投入する計画で、売上が急拡大する可能性が注目されています。2023年は25%の増収予想です。
主力の糖尿病治療薬が図表5の通り順調に拡大することから、業績は2022年〜2024年度にかけて高い伸びとなる見通しです。2022年度については、全体の4割以上を占める米国売上がドル高によって押し上げられる効果も含んでいます。
〇イーライリリィ(LLY)
1876年創業の米国の医薬品大手です。インスリンの大量生産を初めて実現したことで有名で、ノボノルディスク同様に糖尿病と関係の深い会社です。糖尿病、がん、免疫が主力分野です。売上の25%を研究開発に投入する、研究開発重視の会社です。
現在、肥満治療薬ではノボノルディスクに先行されていますが、同社が開発中の肥満治療薬「チルゼパチド」の体重減少は21%と、「ウェゴビー」の15%を上回っていることから、有望と考えられています。
「チルゼパチド」は2022年10月にFDAの優先審査の承認を受けており、2023年にも承認される可能性があります。また、同社は肥満治療薬だけでなく、第3相臨床試験以上の開発薬が30種類と、新薬候補が非常に充実していることから、大手医薬品メーカーの中では成長性が高い企業と目されています。
2022年12月期は、全般的な販売価格の下落やがん治療薬(「アリムタ」)の特許切れの影響で業績は伸び悩み、2023年12月期も新型コロナ抗体薬の反動減の影響が見込まれ、さほど伸びません。しかし、GLP-1受容体作動薬「マンジャロ」投入の効果が出て2024年12月期からは業績は高い伸びに転じると見込まれています。
2022年7-9月期に投入された「マンジャロ」は80百万ドルの予想に対して187百万ドル(うち米国で97百万ドル、日本での提携収入が86百万ドル)と力強いデビューとなりました。2022年12月期のガイダンスは、主にドル高の影響を織り込んで売上・EPSとも若干下方修正されています。
〇アムジェン(AMGN)
アムジェンはバイオ医薬品大手で、遺伝子組み換え技術で先駆した会社です。関節リウマチ治療薬「エンブレル」、骨粗しょう症治療薬「プロリア」、乾癬治療薬「オテズラ」などが主力薬です。
肥満治療薬については、まだ第1相臨床試験ですが、有望な結果が出ています。臨床試験の結果概要を11月7日に公表、12月1日にリリースを出しています。
肥満治療薬「AMG133」の第1相臨床試験結果は、試験開始から85日までに低用量で7.2%、高用量で14.5%の体重減少を記録しました。アナリストは、『投与回数の少なさを考慮するとノボ ノルディスクの「セマグルチド」(商品名は「ウェゴビー」)やイーライリリーの「チルゼパチド」に対して競争力がある』と評価しています。第2相臨床試験を2023年初めに開始の予定です。
なお、同社は12/12(月)に希少疾患の治療薬を手掛けるホライゾン・セラピューティクスを287億ドルで買収すると発表しました。アムジェンは幅広い新薬候補を保有していますが、当面の売上拡大に大きな貢献のあるものがなく、これが大きな買収に踏み込んだ背景とみられます。
図表5 糖尿病治療薬と肥満治療薬の売上予想(市場コンセンサス)
(億ドル)
2022年 | 2023年 | 2024年 | ||
---|---|---|---|---|
ノボノルディスク | 糖尿病治療薬 | 196 | 225 | 245 |
肥満治療薬 | 22 | 35 | 46 | |
イーライリリィ | 糖尿病治療薬 | 146 | 170 | 202 |
肥満治療薬 | 0 | 0 | 12 |
注:ノボノルディスクの売上予想は、7.06デンマーククローネ/ドルでドルに換算しています。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表6 ノボノルディスクの業績見通し(市場コンセンサス)

※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表7 イーライリリィの業績見通し(市場コンセンサス)

※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
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